善く士たるものは武ならず

(老子道徳経68)
善(よ)く士たるものは武ならず。
善く戦う者は怒らず。
善く敵に勝つ者は与(とも)にせず。
善く人を用うる者はこれが下と為る。
是(これ)を不争(ふそう)の徳と謂い、是を人の力を用うと謂い、是を天に配すと謂う。
古(いにしえ)の極なり。

【大体の意味内容】
立派な武士は、決して武張(ぶば)った態度を取らない。
すぐれた戦士は、怒りを顕(あら)わにしない。
よく敵に勝つ者は、相手が望む戦闘パターンに巻き込まれたりはしない。

上手に人を使用する者は、その人に対してへりくだり、謙虚に対応する。
これを「不争の徳」すなわち他人と争うことなく敵味方ともに合わせ呑(の)むような仁徳というのである。
またこれを、「人の力を活用する」つまりその人が、「誰かの命令に従って仕方なく労働する」のではなく、自ら進んで力を尽くそうという意欲や身体能力を発揮しやすい状況を整え、活(い)かすことなのである。

こうしたことを総じて「天に配す」といって、
人間同士の矮小(わいしょう)な論理をぶつけ合い消耗しあうことなく、天の摂理・原理といった大いなる合理性にすべてをゆだねてしまうことだ。そ

れこそが太古から働く「道・徳」の極致である。

【お話】
二〇〇二(平成十四)年にサラリーマンでありながらノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏がNHKスペシャルで取り上げられていました。

自分の「業績」に疑問を持ち、受賞後も「自分に何ができるのか」と十六年間苦しみ続けてきたとか。

「一滴の血液でアルツハイマー等、あらゆる病気を早期発見する」

そんな技術を確立するべく、名もないけれど可能性を秘めた若手研究者たちを発掘しては雇用(こよう)し、共同研究に取り組む、
そんな歳月だったと言います。

そうして遂に、アルツハイマーの早期発見を可能にするタンパク質を発見したのです。
これが医療の現場に実用化されるようになれば、治療の革命・革新(イノベーション)が起きるのは間違いないそうです。

「スマホとかSNSといった技術革新(イノベーション)が日本から起こらないのはなぜか」
とアナウンサーから質問された田中氏の答えが素晴らしい。

「イノベーションというのは奇抜(きばつ)なことをするのではありません。
本来の意味が、
『関係なさそうな事柄を、それまでとは異なるやり方で新しく結び付けること』です。
従来の地道な努力や失敗を否定するのではなく、そうしたことに新しい解釈(かいしゃく)を加えて、何か発見できれば、それがイノベーションなのです。
私自身が失敗だらけの人間ですし(笑)」

「天才ならこんな失敗しないだろうなということを、私は素人だから犯してしまう。
でも素人だから、自分の愚かしさに気づかずやり続けてしまうんで、
そのおかげでたまたま新しいことを発見できてしまった。
それが私のノーベル賞だったんです。」

受賞によって広がった人脈や学会へのかかわりを通じて、埋もれたままの若い才能たちに協力を呼びかけ、「部下」となってくれてからも最大限、敬意を払って盛り立ててきたそうです。

つまり田中氏は受賞後こそ旺盛に、地べたに這(は)いつくばうようにして研究活動に邁進(まいしん)してこられた。

感動しました。

「次の『シーズ(種)』を育てるのも、先達者の務めなのですね」とアナウンサー。

でも田中氏の穏やかな表情は、
(私は『先達』ではなく、彼らに「友人」になってもらったんですよ)と語っていました。

研究を成し遂げるのも、自分ひとりの力ではできない。
柔軟な発想を持ち、失敗を恐れず、根気よく取り組める若い力ができるだけたくさん発揮されてこそ、ほんとうの成果が得られると、田中氏は知っているのです。

老子の言う、「人の力を用う」であり、「天に配す」ことなのでしょう。

ダンデリオンでも、第二期のFlyingSeeds(フライングシーズ)(天(あま)翔(が)ける種)が飛び立ちます。これからは私も、かれらの「友人」として、応援できたらいいなと思います。
卒業、おめでとうございます!