そう、私たち大人は、「子どもが生まれたから」自動的に「親である」のではなく、
これから命がけの修行・奉仕を経て、だんだんと「親になってゆく」のです。
昔から聞かされていたことではありましたが、その感を強くしたのはやはり私自身、
最初の子どもの出産に立ち会ったときでした。
産道から出てきた肉塊は、最初は大きなうんこのようでした。
それが次第に、縄文の遮光土偶のような表情、スターウォーズのヨーダ師のような人相を現し始め、
次第に全身も萌芽してきます。
植物生長の早送りを見ているように葉が茎からはがれて、右手になり左手となる。
ヒトも植物も同じだな、と思う間に赤子はこの世に御生れ(みあれ)しました。
とそのとき
自分の誕生と未来の自分との両方を同時に体感し、また分化したのを感じました。
思い出したのです。
幼稚園時代に私は「人間はなぜ死ぬのだろう」と毎晩布団を噛みながら泣きながら考え続けていたことがありました。
人はいつかは「死ん」で、死んだら二度と眠りから覚めることなく、食べたり飲んだり走ったり笑ったり怒ったり泣いたりできず、何かを思ったりすることもできなくなる。
そんな話を聞かされて、絶望的な恐怖感を覚えたからでした。
死ぬなんて嫌なことを避けられないのなら、なぜ生まれてきたりするのだろう。
自分はお母さんのおなかから生まれてきたという。
その前は、お父さんやお母さんが子どもだったり、まだ生まれていなかったりしたさらにその前は、
自分はいったいどこにいたのだろう。
思い出せない。
思い出せれば死んだ後についても安心できそうなのに、確かに思い出せない。
おなかの中にいたときは「生きて」いたのに、それも思い出せない、生まれた瞬間(とき)のことも、思い出せない。
なぜなんだろう。
その答えとまでは言えないけれど、
自分が生まれた瞬間(とき)が今目の前の、赤子の誕生であり、幼稚園児の私にとっての未来の自分に、追いついた瞬間(とき)でもあったのでした。
そうして、この瞬間(とき)に、「私」の本体が、この赤子のほうへ行ってしまったのだと感じました。
私自身もまだ生きているけれど、「私」の本体は新しい生命体のほうへ分化してしまったのだから、
私は新しい「私」のために奉仕しなければならない。
それにまだ未熟な私は、先祖から継承されてきた「私」をこの身体を通して磨きつつ、絶えず新しい「私」へも伝えなければならない。
こうして修行と奉仕をし続けることが「親になる」条件に違いない。
祖先たちが死んでもそのDNAはこの身体に脈打っている。
私が死んでも、この子たちの中に脈打ち続ける。
今の私の個人個性での思い方感じ方ではないかもしれないけれど、それでも私には違いないエキスがこの「私」で思考し続けるのだろう。
生きるのだ。
だれもが、この奇跡のような生命継承をしているのです。