「空翔ける恋」
一見、のどかに見えるこの写真。 少年が子犬や人形を照れくさそうに持っているこの場面は、なんだかわかりますか?
実は、出撃前の特攻隊員の写真です。
今から74年前。太平洋戦争中に、「特別攻撃隊」に編入された多くの若者が、
片道分だけの燃料で飛び立ち、
爆弾を積んだ飛行機で敵の戦艦に体当たり攻撃を仕掛け、
散っていきました。
任務の成功が死ぬことであり、生きて帰ることが許されない、非道な作戦(作戦とすらいえない)遂行を命じられていました。
「お国のため、愛する家族のため」とはいえ、罪を犯したわけでもないのに死ぬことが決められてしまった彼らが、
誰も反抗せず毅然(きぜん)として死地へ飛び立つことが不思議でした。
ここに挙げた人形を抱く特攻隊員の写真だけでなく、関連動画、エピソードは、テレビや映画やマスコミでは全く取り上げられません。
ですが、この一枚の写真だけが特別なのではなく、
特攻隊の身の回りの世話や軍需工場で働く挺身隊(ていしんたい)の女性たちが、
自分たちをかたどったマスコット人形を出撃前の特攻隊員に贈るということが、
どの基地でも一般に行われていました。
「軍神」と世間では言われる彼らの中には、その人形を飛行服にいくつもぶら下げて出撃した人もあったそうです。
特攻隊のイメージを崩すからか、昔も今も、人目につく形では一切取り上げられません。
しかしここにこそ、看過(かんか)できない深く本質的なことがあるのではなかったか。
少年が抱く人形に、白い指が添えられているのがわかりますか?
多分女性の右手。
すると左側に女性が…
あ、
鼻、
おでこ、
唇、
若い女性の顔がほんのわずかに写っている!
挺身隊の女学生かもしれない。
自分の身代わりを添えさせようとして?
この場でだけ「母」として息子に「嫁」を与えている?
いずれにせよ赤の他人なのに、深い恋愛感情の交感が認められます。
生命の極限状況にあって、
女たちが男たちに、
相手を特定せず愛を捧(ささ)げて全くみだらさのない
純粋な恋愛宇宙がここにあった。
特攻隊員たちには、「敵への憎しみ」の感情は消えていたとよく言われますが、
こうした、常識的な理解をはるかに超えた境地に至ってしまったのです。
単純化は許されませんが、
かれらは敵味方といった対立を超え、
国家や家族といった枠組みも超え、
すべての生への恋をもって空を翔(か)けた、
そう信じたい。そう教えてくれたと…