授業前素読(荘子三十八 天地篇第十二)
夫れ道は、万物を覆載(ふうさい)する者なり。
洋々乎(こ)として大なるかな。
君子、以て心を刳(ひろ)くせざるべからず。
無為(ぶい)にしてこれを為すを道と謂う。
無為にしてこれを言うを徳と謂う。
人を愛して物を利するを仁と謂う。
不同にしてこれを同ずるを大と謂う。
行いの崖(かい)異(い)ならざるを寛と謂う。
万(よろづ)の不同を有(たも)つを富と謂う。
故(かた)く徳を執(まも)るを紀と謂う。
徳の成るを立と謂う。
道に循(したが)うを備と謂う。
物を以て志を挫(くじ)かざるを完と謂う。
君子、此の十者に明らかなれば、
則ち韜乎(とうこ)として其れ心を事(た)つることの大ならん。
沛乎(はいこ)として其れ万物の逝(せい)と為らん。
【大体の意味内容】
そもそも道は、広大無辺の宇宙の様に万物を覆い、万物を載せるものである。
広々として無限に大いなるものであることよ。
国のリーダーである君子はちっぽけな私心を去って心を広大にしなければならない。
(君子としての心のありようは以下の十者が挙げられる)。
空気のように、いるかいないかわからないけれども、無為にして世が平らかに治まってゆくようになすことを「道」という。
気の利いた言葉や印象に残る言葉を発しなくとも、人々の生きざまが自然と整うように影響を及ぼすのを「徳」という。
人を愛し、大工が道具である刃物をひたすら研ぎ続けて鋭利な美しさをにじみださせるようにすることを「仁」という。
多種多様な個性や文化の違いをそのまま尊重して調和させるのを「大」という。
あらゆる行いをまずは受け入れて、あからさまに否定はせぬことを「寛」という。
幾千万もの違ったもの、人種とか言語、文化、思想信条、信仰などをそのまま財産と見て守ることを「富」という。
人知れず徳を積み続けることを「紀」(秩序)という。
日々徳を成り立たせ続けることを「立」という。
無為自然の道の原理に従って生きることを「備」という。
金銀財宝の様な事物のせいで志を挫(くじ)けさせたりしないことを「完」という。
君子たる者は、この「道・徳・仁・大・寛・富・紀・立・備・完」の十事に明るくなれば、ゆったりと広やかに、心のあり方が大きなものとなろう。
怒涛(どとう)のように万物が慕い集まってくるところとなるだろう。
【お話】
君子に十通りのタイプがあるというのではなく、この十者すべてを備えていなければならないということです。
本当に大変なことですね、一国のリーダーとなるのは。
空気の様な存在、とも書いてみましたが、我ながら言い得て妙だなと思いました。
いるのかいないのかわからない空気の様な人と言われると、たいてい不愉快になるでしょうが、それがむしろ理想的な君子なのでしょう。
実際、いないと困る存在が空気です。
同時に、低気圧のようなイメージもわいてきました。
圧力がないから周りから様々な気が流れ込んでくる。上昇気流が起きてそれぞれを高みに登らせたり、雲とわいて慈雨を大地に降り注いだり…
高気圧の、晴れの陽気を表すのが英雄だとしたら、
低気圧の、雨の陰気を表すのが君子なのかもしれません。
陰気というとネガティブなイメージが付きまといます。映画『スターウォーズ』では「力(フォース)の暗黒面(ダークサイド)」などと忌避(きひ)されます。
が、実はとても大事な面であるわけです。
新型コロナウィルスの感染拡大防止策として「緊急事態宣言」が出されます。
ウィルスが人を滅するより先に、政策が国民を殺すことがないことを期待します。
すべての蒼人草(あおひとぐさ)に恵みの雨が降り注ぎますよう。