(授業前の素読 言志四録4)
間思雑慮の紛紛擾擾たるは、外物之を溷(みだ)すに由るなり。
常に志気をして剣(つるぎ)の如くにして、一切の外誘を駆除し、
敢えて肚裏(とり)に襲い近づかざらしめば、
自ら浄潔快豁(かいかつ)なるを覚えむ。
吾方(まさ)に事を処せんとす。
必ず先ず心下に於て自ら数鍼(すうしん)を下し、然る後事に従う。
【大体の意味内容】
物思いしている時に雑念が湧いて頭の中がごちゃごちゃしてくるのは、
身の周りのものに気を取られて心が乱されるのに由る。
常に志気(精神)を刀剣の様に研ぎ澄まして、一切の誘惑を駆除すべきである。
そしてそのような誘惑が肚の中に侵入してこないようにすれば、
おのずと浄(きよ)らかにしてひろびろとしたさわやかさを実感するであろう。
私が今まさにある一つの事業を成し遂げようとしているとしよう。
その際私は必ず、凝り固まったところのツボに鍼を打つようにして、わが心に鍼を打つ。
そうして余計な緊張を解きほぐし肚を落ち着けてから、事業に取り掛かる。
【お話】
単なる小麦粉でも「これはものすごく効く解熱剤だ」と言われて素直に信じて飲むと、ほんとうに熱が下がったりするといった話はよく聞きます。
要するに強くイメージすれば、それが実際に効果を発揮するということです。
この箇所で「志気を剣の如くにして」とか「心下に数鍼を下」すというのも、
はっきりとイメージすることの重要性を述べていると思われます。
自分の精神が剣になったとイメージする。
するとほんとうに余計な雑念を引き起こす諸々の誘惑(ゲームとか甘いものとか)を、
念頭から断ち切ることができる。
また、硬直したわが心に鍼を打つとイメージする。
すると本当に、しこりの様に凝り固まった意識がぷつぷつと音を立てて解きほぐされていく。
やってみてください。
レベルの違いはあるかもしれませんが、ある程度ならだれでもできそうですよ。
こう書いてきて思いついたこと。
「忍」という字。
「ニン」の音に、「しのぶ」と訓(よ)みます。
耐え忍ぶという意味で使われる文字で、「忍者」の「忍」としても親しまれていますが、
「後水尾天皇宸筆(ごみずのおてんのうしんぴつ)(天皇自身によって書かれたもの)である「忍」の字を見たときに、
ぞっとしたことを思いだしました。
業火(ごうか)ともいうべきオーラを放つこの「忍」は、
それまでの、ひっそり暗闇に潜ませる「しのび」のイメージを焼き滅ぼしてしまいました。
「忍」は、「心」の上に「刃」と書きます。
具体的なイメージのしかたはいろいろありでしょう。
心に切っ先を突き付けて自分を刺すイメージ。
なにか究極の覚悟を決める姿。
心の中から、相手に向けて刃(やいば)を突き出すイメージ。
暴力は使わず心で敵に立ち向かう感じ。
心の上に、刃を乗せるイメージ。
いつわが身にギロチンが落ちてくるかわからない人生を、冷徹に認識する。
心の中に、何か物騒(ぶっそう)な一物(いちもつ)をもって生きる。
案外、カッコいいかも。