褐を被て玉を懐く

(老子道徳経 下編徳経70)

吾が言は甚(はなは)だ知り易(やす)く、甚だ行い易きも、
天下能(よ)く知るもの莫(な)く、能く行うもの莫し。
言に宗(そう)有り、事に君(くん)有り。
夫(そ)れ唯だ知ること無し。是(ここ)を以(もっ)て我を知らず。
我を知る者希(まれ)なるは、則(すなわ)ち我貴(とうと)し。
是を以て聖人は褐(かつ)を被(き)て玉(ぎょく)を懐(いだ)く。

【大体の意味内容】
私の言うことはだれでも容易(たやす)く知ることができるし、実行するのもたやすいものだ。
しかし天下広しといえども、吾が言を心魂に徹して知ろうとするものはなく、
己(おの)が血肉として用いるものはいない。

言葉にはその言霊(ことだま)の力で発動する宗旨(しゅうし)があり、
遂行される事業には、慈愛豊かなリーダーに牽引(けんいん)される君徳がある。

「言宗(げんそう)」と「事君(じくん)」、こうした表面には見えにくい働きを知ろうともしない。

したがって吾が言の真意を知りうるチャンスもない。

しかし私が有名ではなく、ほとんど誰にも知られていないという、そのことが、
私の存在を、穢(けが)れのない貴(とうと)いものとしている。

このような存在の仕方に堪(た)えられるもの、
いや愉(たの)しめるものが聖人であり、

身なりは粗末な褐衣(かつい)にして、
心には宝玉を懐(いだ)いている。

【お話】
誰に言うとでもなく、恩師がつぶやいていたことがあります。

「いくら長い期間を共に過ごしていても、ついに出会うことのない人のほうが、実は多いものだ。
むしろ、本当に出会った、と言える人が一体幾人いるか、心もとない。」

「一瞬の交わりでも、心底出会えた、と実感できることもある。
本当の人間関係は、時間の長短で決まるものではない。
『コミュニケーション』とか『情報伝達』とかいうが、ちっとも「情(こころ)」など入っていないではないか。」

私は先生の学説や教育者としての気概(きがい)に感銘を受けて、その門下に入ったのですが、
確かに先生の「言宗(げんそう)」や「事君(じくん)」をどれだけ看取(かんしゅ)しようとしていたか、
あとから考えるとあやしいな、とも思います。

せっかく尊敬できる人に巡(めぐ)り合えたのに、
その人の本質を知ったり、
自分の血肉として吸収したりするチャンスを逸(いっ)していたのだとしたら、
もったいないというよりも取り返しのつかない損失だったし、
また先生への無礼であったと、今にして思います。

恩師の死後十年を経(へ)てから、遺稿論文集を編集・出版しましたが、
その序文の中の

「孤軍(こぐん)奮闘(ふんとう)もこれぐらいになると援軍を求める声も枯(か)れ果てて…」

という師の嘆きを見て、
生前の先生は多くのお弟子さんに囲まれ最期の時まで旺盛に研究を進められてはいたけれど、
壮絶(そうぜつ)な孤独感にも耐えてらっしゃったのだなと、改めて思ったものでした。

年上とか年下に関係なく、すべての人に、学ぶべき点があります。
とはいえそのすべてを学び尽(つ)くすということは現実難しい。
けれど、目の前や身の周りには、得難い宝がたくさんあるのだということを、常に自覚していたい。

「ダンデリオン」はたんぽぽのことで、その花ことばのひとつに、「別れ」があります。

「別れる」ことは、実は尊いことだと思っています。

私たちは「別れる」ことを「悲しいこと」と思って、普段はなるべくそれを忘れて過ごそうとしていますが、
本当は、今目の前にいる人、大好きな人、いやな人、みんなといずれは「別れる」ことを意識して、
その人とできるだけ深く『出会う』ことを思い続けるのも「あり」ではないでしょうか。

少なくとも、密度の高い人間関係になるでしょう。

「コミュニケーション能力」とか「雑談力」とかいう言葉の使われ方を観るにつけ、
どうしてもそこで謳(うた)われている人間関係には、希薄(きはく)なものしか感じられないのです。