『元服』としての入試相談」

ほとんどの中3受験生が公立高校志望なので、併願先の私立高校選定のための入試相談は、いわば「すべり止め」のための保険・腰掛け程度にしか思えないかもしれません。ですが、これをやり始めてみると誰もが経験するかと思いますが、想像以上に重大で、厳しい通過(イニシエ)儀礼(ーション)でもあります。

 ほかの都道府県と異なり、埼玉県では生徒本人が「検討校」の入試担当者に会いに行って、自分の内申書や模試成績を提示し、合否の可能性を打診します。こうした過程を経るだけでも、当然ですが自分の進路を自分で主体的に選択する試練となりますね。

 相談した先の私立高校の入試担当者は、真摯(しんし)に丁寧に対応してくれる人ほど、厳しいアドバイスをなさいます。先方としては、できるだけたくさんの生徒に来てほしいという、営業上の欲求もありますが、同時に、生徒本人にとっては、これからの貴重な3年間を自分の人生の一部として過ごす学校ですから、後悔の無いよう真剣に考え、選ぶべきだと(わきま)えてくださっているのです。

 生徒にしてみれば、持参した内申書や模試の成績の類が、単なる数値データであるだけでなく、自分の存在証明書でもあることを同時に思い知らされます。担当者の方々は、長年多くの生徒たちに対応していますから、提示された内申書や模試データを見て、その背後にある生徒本人の人間性も、かなり正確に読み取ります。「テストの成績はまあまあだが、いろんな物事に真剣に取り組む所がよく評価されている生徒さん」とか、「偏差値は高いけれど自己中心的な傾向がありそうだ」とか。もちろん基準に達していれば断られることはありませんが、今後の課題や、高校に進学した後に必要な心掛けなど、目の前の生徒にとって必要と思われるアドバイスを丁寧にしてくださいます。

 自分自身と真剣に向き合うことで、ひとつ大人へと脱皮し、何かを得る機会となります。かつて年少者が初めて一人前の存在となるために名を改めたり、烏帽子(えぼし)をかぶるようになった『元服』の儀礼にも相当するのではないかと思われます。

 これまで一方的に庇護(ひご)される存在だったものが、積極的に自分の未来を見据え、新しい世界へ移行してゆきます。自身の生命存在を研磨して、次のステージへ上がろうとするのです。