『宮本武蔵』吉川英治

『宮本武蔵』吉川英治 1935-1939朝日新聞に連載。講談社

 小学生の頃に『空手バカ一代』というマンガにはまっていましたが、その主人公の大山倍達〔おおやまますたつ〕(のちの極真会館創始者)が、戦後の混乱期に空手の達人としてヤクザの用心棒をしていたころに出会い、強烈な影響を受けた書物として、この吉川版『宮本武蔵』が紹介されていたのです。
 ほとんど身を持ち崩しかかっていた大山は、武蔵の生きざまに激しく魂を揺さぶられ、自分も剣ならぬ「拳」の道に生き、究めようと志します。そうして山籠もりの武者修行を経て超人的な技量を身に付け、世界中の様々な格闘術の猛者たちと戦い歩くという半生が、そのマンガに描かれていました。
 私自身、高校時代に東京は池袋の極真会館本部道場に通い、大山館長からも稽古をつけていただいたことがありましたが、その前に中学生になってから、親に頼んで講談社文庫版の吉川英治『宮本武蔵』全八巻を買ってもらい、一生懸命読みました。
 当時の私には読書習慣などありませんでしたし、やはり難しい部分もあったのですが、それでも、とても豊かで熱いものが、自分の中にどろどろ滝のように流れ込んでくるのを感じながら夢中になって全巻読み通しました。
 美作の国(現在の岡山県)宮本村、十手術の名人新免無二斎の子息ながら、父の死後は野生の猛獣のように育った悪童武蔵(たけぞう)が、関ケ原の戦いに西軍陣営で参加し、敗残の兵として故郷に逃げ帰ってきたものの、途中ではぐれた親友の一族から恨みを買ってしまい、故郷の村全体が敵となって「たけぞう」を追い詰めます。やむを得ずとはいえ、同郷の村人を何人も打ち殺しながらたけぞうは逃げる。強いのでつかまりはしないものの、このままでは人の道を踏み外し、悪鬼羅刹の修羅道に落ちるしかないたけぞうを救ったのが、この物語のトリックスターであり、導師でもある沢庵和尚でした。
 沢庵は戦国武将の池田輝政を頼ってたけぞうを姫路城の牢座敷に閉じ込めます。理性を無くした野獣のようなたけぞうは、そこではほかにすることがないので、おびただしい量の書を読み始めます。次第に人間の心を取り戻し、むさぼるように万巻の書を濫読する。
 3年後、諸国行脚から戻った沢庵がたけぞうに再会してみると、目はらんらんと輝きながらも深い知性をたたえた青年に変貌していました。たけぞうが生まれ変わる。池田輝政に名付け親となってもらい、宮本村の「新免武蔵(たけぞう)」改め、
 宮本武蔵(みやもとむさし)
 と命名されます。
 こうして武蔵は、諸国武者修行の旅を住みかとし、歩みを進めていくのです。

 様々な出会いがあります。ライバルと出会い、対決することは、順縁ではなく逆縁の縁。剣を揮って命のやり取りをすること、確かにこれほど濃厚なコミュニケーションも他にはないでしょう。
 鎖鎌の宍戸梅軒、棒術の夢想権之助、京都の剣豪吉岡清十郎、伝七郎兄弟、奈良の柳生石舟斎、江戸将軍家剣術指南役柳生但馬守、そして、最強のライバル巌流佐々木小次郎。
 文化人との交流もあります。本阿弥光悦や花魁の吉野大夫。
 もとは親友の許嫁だった女性、お通とのストイックな恋。
 無数の魂の交流がそれぞれの人生の錦繡を織り成してゆきます。
 煩悩も抱えながら、ひたすら強くなることを夢見ながら剣術修行と戦いにい明け暮れていた武蔵が、次第に哲学的な世界観入もしはじめ、求道者として己を磨き始めます。実際、今日に残る宮本武蔵の著作、書、画、彫刻はどれも一流にして、白刃のもとを潜り抜け生き抜いた奇人の、裂帛の気合を放射しています。
 武蔵の著作の『五輪書』もぜひご一読ください。剣術修行のノウハウや、戦いに勝つための戦術など、実に具体的にはっきりと述べているのですが、それでいてどんなに抽象的な議論ばかり重ねた哲学書よりも、はるかに普遍的なレベルを論じているのです。この語法は本当に驚きです。
 吉川版『宮本武蔵』はもちろんフィクションですから、武蔵についての実像も虚像も綯い交ぜにされているのは前提ですが、それでも武蔵の真理、ひいては人間の究極に迫った傑作ではないかと思います。